おじさまとおばちゃん



14時過ぎ。
今日もたっぷり10時間行動でした。


稜線を下り、淀川登山口まで降りてくると、下界は晴れていました。駐車場で雨具と靴を脱ぎ、ずぶぬれの衣類を着替えて一息。下界とは言っても、ここは町から車で1時間ほど入った山の中です。

タクシーでも呼びますか。それともバスが来る道路まで1時間ほど歩きますか。
思案していると、静かなエンジン音を響かせて、ゆっくりとホンダのビッツが上がってきました。
「この時間から登るのかな?」
ここから先には道路はなく、あとは山へあがるだけ。
「山小屋まではだいぶ歩かなきゃならないし、雨もふっているのになぁ」、なんてちょっとアヤシみながら見ていると、中から山に登るとは思えないキッチリとした身なりの、白ひげが素敵なおじさまが降りていらして、なんとこっちへむかってジェントルな物腰で話かけてくるではありませんか。
(まあもっとも、下から観光で上がって来たんなら、ここでヒトに会えるほうが珍しいかもね。)

なんでも、下の屋久杉ランドから「ちょっと上がってきてみました。」というお話です。
おばさまもご一緒だったので、

「ご夫婦ですか?」って聞いたら、
『ちゃうねん。このおっちゃんがな、あたし一人でぶらぶらしてたら声かけてきはって
バスは2時間も先にならんと来やへんし、ほんで車乗せてもらってんね。』
と、そのおばさまは、べたべたの大阪弁のおばちゃんでした。

そしたらすかさず、『ええ。一人でいてもつまらないでしょう。せっかくだからご一緒にと思いましてね。』と微笑みながらお答えになる。
へぇぇ。なんと奇特なおじさま。大坂のおばちゃんを自分からナンパするとは。

おまけに「どうせでしたら、ご一緒に下までいかがですか?」
なんてやさしい言葉をいただきましたので、これ幸いと甘えさせていただくことにしました。

おじさまは仕事を引退して一人で屋久島へやって来られ、レンタカーで島巡りをされている最中なのだそう。

「人間や動物の生まれるずっと前から、植物は生きているんだよね。」

車を運転しながら、おじさまが穏やかな顔で話し始められました。
車窓の外では、晴れ始めた空からの光で森の葉がキラキラと光っています。

「僕はね。近頃温暖化って騒いでるけどね、CO2を増やしているのは植物たちの戦略かもしれない、って思うんだよね。CO2を吸って酸素を出し続けたら、いつか酸素だけになっちゃうよね。だから、長い時間をかけて動物を育て、人間を育てて、ようやくたくさんCO2を作れるようになったんじゃないかってね。」

「きっと植物たちはこの状況を喜んでいるんじゃないかな。」

一方おばちゃんは、この話を聞いているのかいないのか、
「旦那は今日は山へ屋久杉見にいったんやけどな、わたしら腰にヘルニアあって歩かれへんねん。ほんで、わたしひとりバスに乗ったんやけど、ここ来たら帰りのバスが来ぉへんねん。」
と、やおら大工の棟梁である自分の旦那について話しだします。

「旦那は旅行すきなんや。大工にも周期があって、仕事のない時期もあんねんで。せやからたっぷり時間のあるその時期に『旅行行こうや』て言うんやけど、仕事無いときは不安でそんなことようせぇへん。せやから仕事と仕事の合間の短い間に旅行するんや。」

「『仕事の合間にするのがアソビや、仕事がなかったらアソバれへんがな。』って旦那はいうんや。」

「・・・・」

いったい、なんて出会いなんでしょう。
行きずりでクルマに載せてもらって、結局名前の交換すらしませんでしたけど、2つの違った、そして大切な哲学を教えていただきました。

こんな経験できるのは、やっぱり屋久島って場所のおかげなんでしょうか?

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